切れ味のするどいショートストーリーが魅力。乙一って知ってる?

レコメンド


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ライトノベル出身で、切れ味鋭い短編を得意とする作家、乙一(おついち)。独自の世界観と卓越した文章力で熱狂的ファンも多い彼の作風や様々なエピソード、オススメの作品などをたっぷりとご紹介します。

乙一っていったい何者?

乙一
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ポケコン
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ペンネーム「乙一」の由来となったポケコン

1978年、福岡県生まれ。1996年わずか17歳にして「夏と花火と私の死体」でジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾りました。大学卒業後、2002年「GOTHリストカット事件」で本格ミステリ大賞を受賞、その後も多数の作品が映画化・漫画化されるなど、各方面で高い評価を得ています。学生時代からライトノベルを愛読し、自らもライトノベル作家としてデビューした乙一氏。ともすれば偏見を持たれているライトノベルの地位向上に一役買ったとも言えるでしょう。
2011年、別名義で活動している事をカミングアウトし、大まかに分類すれば「中田永一」名義で恋愛系、「山白朝子」名義で怪談系の作品を多数発表しています。また、本名の安達寛高名義では自主映画も制作、短編作品3本が公開されました。
ちなみに、よく疑問をもたれるという「乙一」というペンネームの由来は、学生時代に愛用していたポケコンの名前が「Z-1」だった事からよく似た感じを当て込んだそうです。

変幻自在に作風を使い分ける乙一


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“黒乙一”の代表作で、本格ミステリ大賞を受賞、漫画化もされた「GOTH」

「乙一の作風は?」と問われると、これがなかなか難しい。もちろん大多数の意見は、残酷・陰惨な描写が多い作家となるのでしょうし、実際そういう作品も多いのですが、一方で繊細で、読後たまらなく切なくなる作品や、児童書のような子供向け作品もあり、彼の豊かな才能を物語るように、多種多彩な作品を発表しています。そしてファンの間では、残酷系の作品は”黒乙一”、切ない系の作品は”白乙一”と呼び分けられるようになりました。
あとがきが非常に面白い事でも有名で、たとえ作品が黒乙一的でも最後には必ず笑わせてくれるので、普段あとがきを読まない人でも乙一だけは絶対読む!という人も多いようです。デビュー作で彼の作品を絶賛し、受賞を強く推したと言われる作家・栗本薫も、自らを「あとがき作家」と名乗るほど、あとがきに力を入れていました。乙一にも微妙に影響しているのかもしれません。

オススメの乙一作品1.衝撃のデビュー作「夏と花火と私の死体」

夏と花火と私の死体
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ここからは、乙一のオススメ作品をご紹介していきますが、まずはやはり衝撃のデビュー作「夏と花火と私の死体」でしょう。先に述べた通り、ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞したこの作品、受賞時は17歳でしたが、実際に執筆したのは16歳時。彼の年齢を聞いた選考委員達は衝撃を受け、「この作品はフロックかもしれない」という意見も多かったとの事。
友人だった9歳の少女・五月(さつき)を殺害した弥生(やよい)は、兄に事故だと偽り、五月の死体を隠すよう頼み込みます。幼い兄妹は、最後まで大人の追及から逃れられるのか…?
スリル満点の展開に、ページをめくる手が止まりません。最も衝撃を受けたのは、この作品が「わたし」即ち死体である五月の一人称で語られている事。これが作品全体に一種異様な雰囲気を醸し出し、読み手の想像力をかきたてる。不要な部分を一切削ぎ落とした文章が、物語に一層迫力を与えており、十代半ばの少年が書いたとは思えない素晴らしい作品です。

デビュー後、スランプに陥った彼を救った「ミッドポイント理論」

シナリオ入門
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乙一をスランプから救った本「シナリオ入門」

順風満帆に作家生活を送ってきたように見える乙一ですが、デビュー作「夏と花火と私の死体」の後スランプに陥り、全く小説を書けず、書き方もわからなくなったそうです。それでも原稿の締切は容赦なく迫り、無理やり仕上げた作品を送りますが、ボツの山。そんな彼がワラをもつかむ思いで読んだのが「シナリオ入門」でした。ここに書かれていた「ミッドポイント理論」を読み、以降この理論を実践することでスランプを脱し、現在でも常にこの理論を意識して執筆されているそうです。
「ミッドポイント理論」を簡単に説明すると、ハリウッド映画の脚本手法でよく見られる「三幕構成」、日本流に言えば「序破急」。つまり、「序」男女が出会い、「破」色々あって交際を始め、「急」めでたく結婚。といった具合で「始まり」「転換」「収束」で成立しています。
ここに少しアレンジを加えるとどうなるか。「序」男女が出会い、「破」色々あってお互い好意を持ち始め、「急」ついに交際を始める、しかしそこに横恋慕する男が現れる!「序」彼女の心が揺れ始め、「波」ライバルとの対決など色々あって、「急」めでたく結婚。
どうですか?こちらの方が間違いなく面白いですよね?これは、「序破急」を2度繰り返しているのですが、「横恋慕する男が現れる」の部分が後半との繋ぎになっており、これがまさに「ミッドポイント」なのです!映画やドラマでもよく使われる手法なので、今後注意して見てみるのも面白いのではないでしょうか。

オススメの乙一作品2. “黒乙一”ワールド全開の短編集「ZOO」

ZOO
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「黒乙一」の作風を知るには最適なのがこの作品。写真にある帯の推薦文が全てを物語っています。「何なんだこれは!」「やられた!」これと同じ感想を持たれる読者も多いと思います。
文庫版は、2冊で11編の短編を収録しており、全てが「死」をテーマにしています。様々な「死」のパターンを描き、もちろん恐怖で残酷な描写もありますが、コミカルで笑える場面や、心がほっこりする場面も多く、ストーリー設定の秀逸さも相まって、意外と軽くサクサク読めてしまいます。まさに乙一の魅力がつまった作品と言えるでしょう。
また、収録された作品のうち、「カザリとヨーコ」「SEVEN ROOMS」「SO-far そ・ふぁー」「陽だまりの詩」「ZOO」の5編をまとめ、オムニバスムービー『ZOO』として2005年に公開されています。

オススメの乙一作品3.”白乙一”ライトノベルの傑作「きみにしか聞こえない」

きみにしか聞こえない
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ライトノベルとして、2001年角川スニーカー文庫より発売され、”白乙一”の代表作とも言える「Calling You」など3編を収録しています。
携帯電話を持たない女子生徒が、憧れのあまり空想をしていると、その空想上の携帯に男性から電話がかかってきます。同じ想いを持っていた二人が空想上の携帯電話でつながり、お互いの心の中の通話が始まります。やがて二人は実際に会う約束をするのですが…。
これは「Calling You」のあらすじです。SFチックで、実際起こりえないストーリーにもかかわらず、乙一ならではの巧みな感情描写で読者を引き込むこの作品、発売当時とは違い、携帯所有率が100%に近くなった今だからこそ、さらに深く心に強く響くのではないでしょうか。
他の2編「傷 -KIZ/KIDS-」「華歌」も含めて、どれも切ない物語ですが、同時に温かさや希望も感じさせてくれる名作です。
「Calling You」は2007年『きみにしか聞こえない』のタイトルで、「傷 -KIZ/KIDS-」は2008年『KIDS』のタイトルでそれぞれ映画化されています。

ライトノベルから一般書へ…「失はれる物語」

失はれる物語
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ライトノベルに限界を感じていた乙一は、ある時期から一般書の形式に変更します。ライトノベルのままでは手に取ってもらえないとして「きみにしか聞こえない」に収録された3編をこの「失はれる物語」に収録しました。あとがきで「ある種の敗北である」との述べている事からも、彼の忸怩たる思いが見てとれます。
「Calling You」「失はれる物語」「傷」「手を握る泥棒の話」「しあわせは子猫のかたち」「マリアの指」の六編を収録、「手を握る泥棒の話」は、犬童一心監督で2003年に映画化されています。

オススメの乙一作品4.子供に読ませたい「銃とチョコレート」

銃とチョコレート
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子供向けとは言えない作品が多い乙一ですが、常々「小学校の図書館に置いてもらえるような本を出したい」という夢をもっていました。そして作家デビュー10年目にしてようやく夢を叶えたのがこの作品です。
大富豪の家から宝石等高価な品が次々盗まれ、現場には「GODIVA」の文字が残されます。名探偵ロイズは犯人ゴディバを追い詰めるべく捜査を開始。やがて有力な手がかりである古い地図を入手した少年リンツと協力することになり、事件は解決へ向かうかと思われたのですが…。
子供向きの作品と侮ってはいけません。スピーディに二転三転する展開は大人でも十分楽しめますし、たとえ子供に向けた作品であっても、あえて「死」というテーマから逃げずにしっかりと書かれているのは、さすが乙一!です。
そしてこの作品は2006年、宇都宮市立中央図書館が主催する小学5・6年生が選ぶ「うつのみやこども賞」に選出されました。この賞は、子供が自分達で選定会議を開き、じっくり話し合った上で選ばれるもので、まさに乙一の夢がかなった瞬間だったのではないでしょうか。

乙一が最も好きな監督、アンドレイ・タルコフスキー。

鏡
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少し横道に逸れますが、乙一が最も好きな監督と公言しているのが、アンドレイ・タルコフスキーです。1986年に54歳で亡くなったソ連(当時)の監督で、独特の映像美で「映像の詩人」とも呼ばれていました。
乙一自身がWebサイト「最前線セレクションズ」で推薦文を書いているのが、1975年の作品「鏡」です。あまりにも難解な映像に、発表当時国内で厳しい批判にさらされたという、いわくつきの作品ですが、推薦文の中で「タルコフスキー濃度は高め」と語っており、お気に入りの作品のようです。
乙一の感覚に近づけるのか?興味のある方は一度ご覧になってはいかがでしょうか?

オススメの乙一作品5. 鬼才、岩井俊二と奇跡のコラボ「花とアリス殺人事件」

花とアリス
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「岩井ワールド」とも表現される独自の映像世界を持ち、次々と話題作を発表してきた岩井俊二。彼が初めて長編アニメーション監督に挑戦した作品が『花とアリス殺人事件』です。2004年に自身が監督した実写映画『花とアリス』の前日譚として制作されたこの作品を、何と乙一が小説として書き下ろしました。ファンにとってはまさに夢のコラボレーションの実現です。
元々『花とアリス』のファンだったという乙一ですが、岩井氏から突然ノベライズ化の依頼を受け心底驚いたようです。映画をアレンジした部分も多く、完成時にカットされた脚本を復活させるなど、映画とは別物として書き上げた作品なので、まず映画を見た後に読まれる事をオススメします。独特の世界観を持った二人が生み出す新たなワールドを是非見届けましょう。

他にも数々の素晴らしい作品が!

小生物語
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ここに紹介できなかった作品でも「箱庭図書館」「暗いところで待ち合わせ」など、素晴らしい作品を多数発表してきた乙一。中田永一「くちびるに歌を」、山白朝子「死者のための音楽」など、他名義の作品も含めて、是非読んでみていただきたいと思います。
そして最後に一風変わった作品を一点。それは「小生物語」です。これはインターネットで公開されていた彼自身の日記をまとめたもので、とにかく面白い!ユーモアセンス抜群の乙一だけに、読めば終始ニヤニヤと笑えること請け合い!超オススメの一冊です!