CinemaGene(シネマジーン)

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宮崎駿と高畑勲が取り合った!スタジオジブリを支えた天才アニメーター・近藤喜文の軌跡

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出典:https://retrip.jp/

かつて、スタジオジブリには宮崎駿の後継者と呼ばれた、腕利きのアニメーターがいました。作画監督としても数々の名作を手掛けた、近藤喜文さんです。
若くして亡くなり彼を惜しむ声は多かったのですが、残された作品たちは今でも輝きを放ってます。近藤喜文さんが携わったジブリ作品を紹介しましょう。

宮崎駿や高畑勲を支えたアニメーター・近藤喜文

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出典:http://kai-you.net/

1968年に高校を卒業後、新潟から上京しアニメーションを学びます。
その後、Aプロダクション(現在のシンエイ動画)に入社し、1978年には日本アニメーション、1980年にはテレコム・アニメーションなどに移籍後、1987年からスタジオジブリで活躍しました。
1998年1月、47歳の若さで病死するまで多くのジブリ作品に携わっています。

「巨人の星」から始まったアニメ人生

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出典:http://plaza.rakuten.co.jp/

誰もが知っているアニメと言っても過言ではない、「巨人の星」。
頑固おやじの代名詞となった、父親・一徹のもとで特訓を重ねる飛雄馬が、甲子園、そして巨人入団と、成長する姿を描いたスポ根アニメの代表作です。

1968年にAプロダクション入社後、「巨人の星」そして「ルパン三世」と言った名作アニメの制作に参加しました。
その後移籍した日本アニメーションでは、「未来少年コナン」などに関わっています。

『耳をすませば』で監督デビュー

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出典:http://www.parthenon.or.jp/

ジブリに移籍後の1988年には、宮崎駿監督の「となりのトトロ」、高畑勲監督の「火垂るの墓」の制作のどちらに参加するかで、監督同士が近藤さんを取り合ったというエピソードもあります。
1995年「耳をすませば」は初監督であり、生涯唯一の監督作品です。

中学3年生の月島雫は、図書館で借りる本の貸し出しカードによく見かける天沢聖司に興味を持ちます。ほどなくして同級生だとわかり、バイオリン職人になる夢を持つ彼に惹かれていきます。彼の祖父が営む小さなアンティークショップを訪れるようになった雫は、イタリア留学の夢を持つ聖司を見習って自分も打ち込める何かを探し、物語を描き始めます。

爽やかなラブストーリーです。聖司の声は、現在ドラマでの活躍が目覚ましい高橋一生が担当しました。

『もののけ姫』では作画監督を担当

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出典:http://matome.naver.jp/

室町時代。アシタカは巨大なイノシシを倒したことで、タタリ神となったイノシシ神から呪いをかけられます。その呪いをとくために西へと旅に出るアシタカ。途中、タタラの男達を助け、女首領エボシと出会います。鉄を作るその村ではそのために森を破壊することになり、森を守る”もののけ姫”と呼ばれる少女・サンと敵対していました。そして戦いは、人間と神との戦いに広がっていくのでした。

1999年当時、日本映画の歴代興行収入第1位となりました。
近藤さんは作画監督を務め、これが遺作となりました。

見覚えのある、コレも近藤喜文作品

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出典:http://nlab.itmedia.co.jp/

映画好きでなくとも見たことがあるこのオープニングも、近藤さんが手がけたものです。
1997年4月から2009年3月までの12年間、「金曜ロードショー」で放送されていました。
紳士が映写機を回す様子がレトロな雰囲気で、映画が始まる期待感を盛り上げてくれます。
作画・演出 近藤喜文、制作・宮崎駿、テーマ曲・久石譲という、豪華な顔ぶれのこの作品は、2015年10月の「金曜ロードショー」ジブリスペシャルで2日間限定で復活しました。

ジブリでその才能を発揮し、素晴らしい作品を残した近藤喜文さん。
生活の中の細かいしぐさまで描き出す高い技術が、登場人物と私たちとの距離をより近づけてくれます。
時が経っても心にしみるアニメ映画をお探しの方は是非どうぞ。

『耳をすませば』
© 1995 柊あおい/集英社・Studio Ghibli・NH

『もののけ姫』
© 1997 Studio Ghibli・ND

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