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映画をきっかけに、女の子の毎日をドキドキワクワクさせる

「最も美しいのは、生きることに必死な姿。」―映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』湯浅弘章監督インタビュー

「最も美しいのは、生きることに必死な姿。」―映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』湯浅弘章監督インタビュー

漫画家・押見修造先生の同名漫画作品を実写映画化した『』が7月14日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開となります。本作はコンプレックスに悩み、葛藤を抱える少女たちの姿を南沙良さん・蒔田彩珠さんのダブル主演で描いた、瑞々しくももどかしい青春ストーリー。今回、長編商業映画監督デビューを果たした監督にお話を伺いました!

――監督はもともと押見先生の漫画がお好きとのことですが、どのようなところに惹かれますか?

「惡の華」(※1)や今連載中の「血の轍」(※2)も大好きなのですが、人間の真髄とも言えるようなドス黒い部分が描かれているところがすごく面白いと思うんです。それも、「惡の華」での普通の高校生とか、どこにでもいるような登場人物たちがどんどん転がり落ちるように、どろどろとした内面をさらけ出していくっていうのが面白いです。

――それでは、「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」をお読みになった時はどのように感じましたか。

この作品はどちらかというと、「惡の華」のようなフィクションならではの面白さに惹かれるというより、すごくリアリティがある作品だなと思いました。いわゆる「普通の高校生」が経験するような話、というか…。志乃のように吃音がある人だけではなく、誰もが悩みや葛藤というものを抱えていますよね。だからこそ、誰が読んでも共感できるストーリーで、映画の題材として適しているなと感じました。

「最も美しいのは、生きることに必死な姿。」―映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』湯浅弘章監督インタビュー

――映画の演出やキャスティングに関して押見先生からのリクエストなどはありましたか?

特に大きなリクエストというのは無かったのですが、細かいところでいえば、CDなどの小道具について、押見先生が実際高校時代に聴いていた思い入れのあるものを置いてほしい、といったご要望はありましたね。そこはもちろん反映させてもらっています。

――そうだったんですね!様々な小物類が置かれている志乃や加代の部屋は、それぞれのキャラクターらしさがかもし出されていてリアリティを感じました。

彼女たちの部屋は、僕の高校時代の部屋みたいな感じで作ったところがあります。作品の時代設定は1996年で、僕もその世代なので。雑誌などの小道具は当時の物を使っているんです。あの頃は、CDやカセットテープの全盛期で、自分もさんざん持っていたり聞いていたりして思い入れがあるので、押見先生と同じく、僕が当時好きだったバンドのCDなども小道具として使っています。そういう自分の記憶を反映させたい、というのはありました。

――本作の映画化にあたり、脚本の足立さんと「原作の残しておくべきところ、映画ならではの部分」をディスカッションされたということですが、まず「原作の残しておくべきところ」について、軸になった考えやテーマを教えてください。

原作は既に完結している物語で、起承転結ができあがっていますから、それは絶対に変えないようにしました。あとはキャラクターですね。キャラクターの方向性は原作に沿うようにしています。

――では、「映画ならではの部分」でこだわったことや重視したことは、どのようなことですか?

映画の表現としてのリアリティを持たせる、というところですね。漫画は読む人によって感じる時間や間という「スピード感」が異なりますが、映像化するとそれらは人それぞれのものではなくなります。なので、時間や間は意識して作っていきました。例えば、志乃がどうやって悩むのかとか、葛藤するかという姿を映像にする時。漫画では1コマで表現されているところを映画では間を持たせたり、セリフを言うまでの表情を作ったり、原作の台詞をあえて無くして表情や間だけで表現したり、という部分です。そういうところは台本から考えて作っていましたし、現場で作っていったこともありました。

それから、最後の体育館のシーンに至るまでの、起承転結でいう転と結の間を膨らませたのもこだわった部分です。

「最も美しいのは、生きることに必死な姿。」―映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』湯浅弘章監督インタビュー

――「映画ならでは」というと、菊地のキャラクターが原作から大きく肉付けされているのが印象的です。

そうですね。彼は志乃がせっかく見つけた居場所を壊してしまう異分子ですから、その面での存在感を大きくしたかったんです。脚本の足立さんは「ダメな人間」を描く名手なので、そこをお任せしたところ、すごくいい感じにイラっとする、ウザいキャラクターに仕上げてくれました。菊地役の萩原君もそれをしっかり演じてくれました。

それから、原作で菊地が志乃のことを好きになるという恋愛要素を、映画ではあえて外しています。恋愛よりは、人との関わり方や居場所の見つけ方、あるいは失い方という点に重きを置きたかったからです。

――続いて「映画ならでは」の要素である、原作とは異なるラストシーンについてですが、このアイディアはどのように練られていったのでしょうか。

漫画のラストで志乃はお母さんになっていますが、まず現実問題として南沙良に母親役を演じさせられるか、という懸念がありました。それで、じゃあどうするかということになって、色々な案を考えていたんです。でも、そもそも志乃と加代と菊地がどういう関係になったのかってことがポイントになりました。ただ元どおりの仲良しになりました、というのはやりたくなかったんですよ。人生って簡単にうまくいくことばかりじゃなくて、ラストカットの後にもそれぞれの人生が続くんだ、という思いを込めてます。

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