「最も美しいのは、生きることに必死な姿。」―映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』湯浅弘章監督インタビュー

インタビュー

――では、監督が本作で最も思い入れのあるカットを教えていただけますか。

思い入れというとちょっと違いますが、やはりクライマックスの体育館でのシーンが一番大事で、全てのシーン・全てのカットはそこを目標として作っていきました。3人の撮影の全ての集大成なんです。南の芝居も、ワンテイクで撮り終わったんですよ。

――体育館のシーンで南さんが泣きじゃくる演技には心を打たれました!

あの表情って、女性としては「ちょっと…」と思われるような顔かもしれませんが、女優としてはとても美しいものだと思うんです。ドラマの撮影とかだと大抵、鼻水が出たら撮影を止めるんですが、僕は生きることに必死な姿というのがとても美しいものだと感じてます。だから南には「鼻水が出ても拭うな」って言ってました。見た目を気にしたら、理性が透けて見えてしまうんですよね。

――それでは次に、その南沙良さんのキャスティングについてお伺いします。志乃役が決まるまでには何度もオーディションを重ねたそうですが、最終的に南さんが役を射止めた決め手になったエピソードを教えてください。

キャスティングについては、志乃より先に加代役の蒔田が決まっていたんです。それで蒔田の加代をベースに、志乃役をオーディションで探していくという形を取りました。南が志乃役に決まった理由は、彼女の粗削りなお芝居がとても魅力的だったからです。オーディションを受けてくれた方々の中にはとても完成された芝居をする方もいたのですが、南の粗削りだけども伸びしろのある芝居には非常に惹きつけられるものがあったんです。それで、原作者の押見さんも含めて満場一致で南に決まりました。

それから南が志乃役に決まって良かったことは、吃音の芝居がすごくうまかったというのもあります。吃音って筋肉の痙攣によるものだったりして、芝居として行うのはすごく難しいんですが、吃音監修の方からも最初からお墨付きをもらっていましたね。

――では、志乃を演じるにあたり、南さんに対してはどのようなことを求められましたか。

志乃がどういう悩みを持って加代たちに接していて、どのようなコミュニケーションの取り方をするのかとか、どれくらい話せるようになっていくかということは南にすごく話しました。それから、感情の出し方についてもそうですね。悩みを抱えた志乃が普段抑えている気持ちを頑張って出していくシーンで、どういう出し方をしていくかとかどれくらい出すかというバランスなどです。

――加代役の蒔田彩珠さんに対してはどうでしたか?

蒔田はまず、本当に彼女自身が加代、というくらいお芝居がすごく良かったんです。加代は志乃と接する時、クールではあるけれどお姉さん的な、あるいは母親的な接し方をしなければいけないと思い、そういう場面では年上のつもりでとか、優しい芝居をして欲しいと蒔田に伝えました。あとは、志乃と加代のその関係性が逆転する場面がありますが、そこでは逆に加代が年下っぽく感じるように演じてみてとお願いしましたね。

――確かに、映画ではクールなだけじゃない加代の姿が垣間見える場面が多く感じました。

原作の加代はずっと強い女の子のままなんですが、映画の方では加代の弱さを表現したいというのはありました。志乃や菊地についてもそうですが、人間臭さを出すということを意識しています。

――本作では主演のおふたりが非常に可憐に映し出されていますが、乃木坂46のショートムービーなども撮影されてきた監督にぜひ、女の子をかわいく、美しく撮る秘訣を教えていただきたいです。

そりゃあ、かわいい女の子をキャスティングするってことじゃないですかね!というのは冗談で(笑)乃木坂でいうと、ダンスやリップの撮り方、照明の作り方で女の子をかわいく撮ることはもちろんできるんですけど、僕の思う「一番美しい女性の姿」は先ほども話したように「必死に生きようとする姿」である、という考えが根底にありますね。泣きじゃくる姿とか、必死にもがいて葛藤する姿を乃木坂のショートムービーでも本作でも共通して描いてはいますが、そういう姿は女性を魅力的に見せると思っています。志乃が泣きじゃくるシーンなんかは、決してコマーシャル的な画ではないけれど、女優としてはすごく美しいです。

――最後に、映画をご覧になる方々へのメッセージをお願いします。

10代の頃にしか無い、「すべてが初めて」という子たちの感情や空気や時間、というものを感じていただきたいです。大人にとっては、実生活では二度と経験できませんが、映画は一度過ぎた時間やもう経験できないことを味わえるものですからね。必死に生きている彼女たちの姿は、どの年代の人にとっても自分の人生に重ねて何かしら思うところがあるはずです。それからこの作品は、音楽映画としての側面もあるので、大きなスクリーンで大音響で観るという体験も、ぜひ楽しんでいただきたいです。

――湯浅監督、ありがとうございました!

(※1)「惡の華」全11巻。ごく普通の少年が強烈な自我を持つ少女と出会い翻弄される青春ストーリー。
(※2)「血の轍」2018年6月現在、既刊3巻。美しくも狂気を秘めた毒母と息子の関係を描く。

映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』ストーリー

伝わらなくてもいい。伝えたいと思った――。
高校1年生の志乃は上手く言葉を話せないことで周囲と馴染めずにいた。そんな時、ひょんなことから同級生の加代と友達になる。音楽好きなのに音痴な加代は、思いがけず聴いた志乃の歌声に心を奪われバンドに誘う。文化祭へ向けて猛練習が始まった。そこに、志乃をからかった同級生の男子・菊地が参加することになり…

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公式サイト
7月14日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開!
出演:南 沙良 蒔田彩珠 /萩原利久 /
小柳まいか 池田朱那 柿本朱里 中田美優 / 蒼波 純 / 渡辺 哲 /
山田キヌヲ 奥貫 薫
監督:湯浅弘章
原作:押見修造 「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」(太田出版)
脚本:足立 紳
配給:ビターズ・エンド
制作プロダクション:東北新社
©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会

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